コラム

対談/インタビュー
VW TSIエンジン 開発者インタビュー

VW Executive Director
Powertrain Development
Rudolf Krebs氏

S:清水和夫
K:ドクター・クレブス
S:今回のTSIは、単なる新しいエンジンが登場したのではなく、VWのまったく新しいパワープラント戦略が始まったのではないかと思っています。今日はクレブスさんにプロダクトそのもののお話だけでなく、ハイブリッドとの関連性や、そして燃料の多様性への対応などについて、VWのサスティナビリティー(持続可能なモビリティ)のお話をうかがいたいと思っております。まず最初に1.4リッターという排気量は日本では「小排気量」ととらえられがちで、ともすると「つまらないエンジン」というイメージになりかねません。どうして1.4リッターという排気量を選んだのですか?

K:それはよく聞かれる質問です。VWは直噴エンジンFSIに関しては長い伝統を持っています。この直噴エンジンとターボを組み合わせたエンジンを開発するにあたり、1.6・も検討しましたが、パワーが出過ぎてしまったのです。ターゲットとした170psというパワーの実現には1.4リッターで十分だったからです。そして1.4リッターなら、燃費にもたらす効果も大きくなります。TSIは、従来200psレベルの出力を確保するために必要だった排気量2.4リッターエンジンのパワーやトルクを、わずか1.4・で可能とする技術なのです。

S:直噴エンジンはリーンバーン(稀薄燃焼)が可能だと思いますが、1.4リッターの過給エンジンのほうが、燃費は有利ですか?

K:TSIは2リッターのFSIよりすぐれた燃費を実現します。とくに低回転域ではね。

S:BMWも直噴ターボを発表しました。そして近いうちにNAリーンバーンを…という話でした。VWは直噴リーンバーンを考えていないんですか?

K:リーンバーンはNOx低減のために触媒やセンサーなどがコストを押し上げます。我々はそのぶんのコストを過給システムに振り向けたのです。リーンバーン実用化のためには新たな技術と大幅なコストダウンが必要でしょう。一方で、ユーザーはスポーティなエンジンを求めています。そこで我々は1.4リッターにも関わらず、TSIエンジンが従来の2.4リッターエンジンに匹敵するパフォーマンスを持ち、かつファンタスティックでエキサイティングなエンジンであるということを示したかったのです。一度乗ってもらえば、そのパフォーマンスはかならずご理解いただけると思います。実際、ふだん2リッターに乗っているユーザーでも、試乗すると「すごくいいね」と言いますから。

S:昨年のLAショーでVWのコンセプトカー、ティグアが、08年の最も厳しい排出ガス規制Teir2Bin5をブルーテック(クリーン・ディーゼル技術)により世界で初めて達成すると、いう話がありましたが、リーンバーンはディーゼルに任せるつもりですか。

K:ディーゼルはリーンバーン技術でやっています。VWはTDIでディーゼル分野のパイオニアであり、車種によっては約80%をディーセル車が占めているものもあります。ディーゼルのメリットは、たとえばアウトバーンでは燃費がいいことです。また東京ではハイブリッドが人気ですが、この交通環境下でも、ディーゼルは十分評価してもらえると思います。アメリカでは、大型SUVがターゲットとなるでしょう。VWはガソリン、ディーゼルにこだわらず、ユーザーにより幅広い選択肢を提示したいと思っています。その上で、ガソリンはディーゼルの燃費を目指して、一方ディーゼルはガソリンなみのクリーンを目指しているということです。

S:ドイツ本国で販売されているゴルフGTは、オットーもディーゼルも同じGTで販売されていますが、ユーザーは混乱しませんか?

K:はい。このふたつのモデルは、ふたつの選択肢を示しているのです。どちらも最高出力は170psと同一ですが、ディーゼルはファン・トゥ・ドライブで、燃費がよく、ランニングコストを抑えることができます。ガソリンは、より高回転で運転を楽しむことができます。TSIに乗ると「ガソリンってやっぱりいいね」って思っていただけるでしょう。トルクはディーゼルの方が上(ディーゼル350Nm、ガソリン240Nm)ですが、そのトルク特性に大きな違いがあります。
TSIは低回転域でメカニカルなコンプレッサーが過給するため、一般的なターボ車に見られる「ターボラグ」がありません。低回転からググッと反応するのです。ディーゼルの350Nmは4000回転、ガソリンの240Nmは7000回転で得られますから、実際の加速性能は変わらないと思います。

S:価格はどうなのでしょう?

K:車両価格はディーゼルの方が高いですね。そして今後も厳しくなる排気ガス規制を満たしていくため、コストはますます高くなります。そういう意味では、ガソリンの方が安いといえます。

S:ひょっとしてクレップスさんはガソリン派なのですか?

K:(笑い)個人的な話をすると…。やはり自分はTSIの生みの親という気持ちがありますね。まだTSIが秘密プロジェクトだったとき、チームの一員としてピエヒ会長などにその将来性をプレゼンして了承をもらったという経緯もあって、TSIには深い愛着を持っているのです。でも、ガソリンだけに傾倒しているわけではありません。ヨーロッパに続き、アメリカ市場でもディーゼルは重要な地位を占めるようになっています。このシステムが一番というのではなく、その市場やユーザーに向いたシステムを提供していきたいと思っていますよ。

S:ドイツではディーゼル車が好調で軽油が足りなくなり、ロシアから輸入して余ったガソリンを輸出しているという話を聞いたことがあります。国家レベルで考えると、ガソリンと軽油をバランスよく消費することが重要ではないかと思いますが?

K:ディーゼルが増えて軽油を輸入しているのは事実です。ただ、燃費効率の部分でガソリンがディーゼルに追いつくのは夢でしたが、TSIで大きく近づいたと思っています。しかし効率ではやはりディーゼルのほうが高いのです。

S:ガソリンとディーゼルどちらが優れているかとい議論はあまり意味がないのかもしれません。なぜなら燃料が異なるからです。たとえば一頭の牛からヒレ肉もとれれば、ロース肉もとれる。キチンと消費するには、それを全部食べることが必要……。つまり、燃料も同じで、ガソリンと軽油の適切な比率の消費がエネルギー効率を最大にするのですね。

K:その通りです。原油からはガソリン、軽油、ケロシンなどなど、いろんな生産物が生まれます。さらに、原油に由来する燃料以外にも、多様化は進んでいます。その例がエタノールであり、バイオディーゼルです。VWは燃料メーカーとも、新燃料を見据えた共同開発を行っています。今回のTSIはガソリン向けのエンジンですが、E85(エタノールを85%ガソリンに混ぜた混合燃料)や100%アルコール燃料、さらにはCNGへの対応も視野に入れています。とくにCNGはターボやSCとの相性が良いのです。

S:今回のTSIはターボとSCの組み合わせですが、SCがまかなっている低回転域での過給を電気モーターで、つまりハイブリッド化するという考え方はありますか?

K:ハイブリッド化についてのプロジェクトは、すでにプロトタイプで手がけています。去年の12月に、バレンシアのワークショップショーで報道陣に公開しました。これも1.4リッターエンジンで、おっしゃるようにSCの代わりに電気モーターを使ったものです。

S:古くからのF1ファンなら、1500ccで1000ps以上を誇っていたターボ全盛時代を知っているでしょうから、たとえ1.4リッターでも過給器付きなら非力ではないと考えてくれるでしょう。いままでエコというと「ガマン」に通じるものがありましたが、このTSIはファンで、プレジャーで、しかもエコノミーかつエコロジーなエンジンですよね。近い将来、VWの4番バッターとして君臨するんじゃないですか?

K:そうです。これまで、ガソリンはパフォーマンスを犠牲にしない範囲で低燃費を追求するという開発が続けられてきました。一方ディーゼルは、燃費をそのままに、パフォーマンスを向上する方向を目指してきました。その結果、ガソリンは楽しさの面でディーゼルに差をつけられてしまったのです。でもTSIはファン・トゥ・ドライブを求めたことで、その差を大きく縮めました。燃費の部分では、ギア比をややハイギアードにして、6~7%アップさせることも可能でしたが、私たちはあえてそこまでは手を入れませんでした。なぜなら、ドライビングプレジャーを残したかったからです。TDIのスポーツ性に魅了された人なら、TSIのよさもわかってもらえると思います。

S:ダウンサイジング、そして過給エンジン+直噴で燃費を向上させていくのがVWの方向性だということですね。

K:その通りです。TSIテクノロジー、直噴テクノロジーが、ガソリンエンジンのテクノロジーの展望であり、戦略です。この組み合わせは、エンジン単体の技術ではなく、ストラテジーなのです。より小さな馬力のエンジンに仕立てることもできますし、200psクラスを必要とするモデルに搭載することも視野に入っています。

S:ドイツ的な考え方に裏打ちされた、一種完璧主義的な「環境思想」は素晴らしいと思います。でも、ドイツのメーカーって、どうしてもパワーウォーズに走りがちな部分がありますが、このTSIエンジンは、VWがその方向とは一線を画すという決意のあらわれ、つまり象徴だと思っていいですか?

K:VWは、その名の通りピープルズ・カー、国民車を作るメーカーです。そのメーカーとして、信頼性とファン・トゥ・ドライブの両立が必要ですし、環境に対しての責任といったものを強く感じています。TSIは、パワーウォーズのための技術ではなく、小さな馬力のクルマ、エコを求めるユーザーにも受け入れてもらえるための技術です。

モーターマガジン07年3月号より抜粋

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