コラム

連載「クルマを被告席に座らせないために」
Vol.2 安全思想

クルマは昔から「走る/止まる/曲がる」移動の道具と言われてきた。地球上に普及したのは20世紀だが、まるで海中生物が大爆発したカンブリア紀のように多様化してきている。技術進化、ライフスタイルの変貌など、クルマが多様化した理由はいくらでも説明できるが、実は本質的な変化をもたらすのは情報通信と融合することではないだろうか。この役割を演じるのがITS(高度交通システム)ではないかと私は考えている。
 ITSはクルマの「走る/止まる/曲がる」という要素に「繋がる」という第四の機能が追加することが可能だ。自立的に機能する自動操縦は将来の夢としても、道路やクルマ同士の通信は実用化の一歩手前まできている。
 このような情報通信をコアとした先進技術はいったいどのようなものになるのだろうか。連載の二回目はまず基本となる自動車の安全性がどこまで進化しているのか覗いてみよう。
 つい最近まで安全装備の三種神器と言われた「ABSとエアバアッグとシートベルト」はいまでは当たり前の装備となった。こうした技術は60~70年代に基本アイディアが生まれたが、シートベルトを除くと本格的に実用化したのはつい最近のことだ。
 ABSの機能はコンピューターの進化とともに高度化し、価格と信頼性が飛躍的に向上した。ブレーキの踏み過ぎでタイヤがロックするのを未然に防ぐABSは、トラクションコントロールとペアを組み、いまではESP(自動安定装置、トヨタのVSCと同じもの)へと進化している。そして、スーパーカーから軽自動車までにESPが採用されるようになった。この裏側にはABSだけでは事故は減らなかったという教訓が生かされている。
 次にエアバッグはどのような進化しているのだろうか。もともと火薬で展開させるエアバッグは長い年月(20年くらい)をかけて100分の1秒単位で爆発させる制御が可能となった。エアバッグはたった一回しか機能しない珍しいクルマの部品だ。バンパーが傷つくくらいの軽衝突でエアバッグが展開したら大変だ。ベルトだけでも十分乗員を保護できる軽微な衝突にもかかわらず、エアバッグの出力で顔にやけどを被ることもありえるし、修理代も高くつく。ユーザーはエアバッグが開いたことに「付いててよかった」と安堵するかもしれないが…。
 もともと日本と欧州ではエアバッグをSRS(補助拘束装置)として理解しているから、エアバッグはべルトやボディでは保護できない大きな衝撃を前提としている(アメリカは法規の関係でエアバッグはシートベルトの代用品という考えもある)。だからと言って、センサーをもっと激しい衝突に限定すると、肝心な時に展開しないという悲劇がおきるかもしれない。いつ展開させるか、まさに神のみぞ知るタイミングをセンサーとコンピューターで決定しなければならないのだ。
 最近では乗員の大きさやポジションを検知して二段階に爆発するスマートエアバッグも実用化されている。そしてシートベルトと連携して、衝突時の乗員への加害性を考慮しながらも、確実に拘束力を高める信頼性を得ている。衝突時に80mmくらいベルトを巻き込むプリテンショナーベルトも火薬で爆発させている。さらに、最近は何度も使える電動プリテンショナーベルトも実用化されているのだ。
 ABSをコアとしたESPは、クルマの安定性を確保するだけではなく、ドライバーのミスも少しカバーできるようになった。しかし、どんなに優れた予防安全策でも防げない事故はある。これに対処するには、衝突安全性を高める必要がある。基本はボディのエネルギー吸収とキャビンの生存空間の確保だ。そこで軽量で頑丈なボディを作ることがエンジニアに求められる。そしてエアバッグやシートベルトなどの拘束装置は、本当に必要なタイミングで展開しなければならないのである。衝突を感知するセンサーと正しい判断を下すアルゴリズムが乗員の生死を分けるのだ。
 こう考えると、近年の自動車メーカーのエンジニアがどれほど価値の高い仕事をしてきているのか理解できるわけだ。

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