コラム

チェーン規制はおかしくないか?

チェーン規制の誤解

日本はとてもおかしな国だ。誰もこのおかしさに気がつかないのかもしれない。オレの感性では日本の自動車社会の常識は50年前と変わっていないと思う時がある。今回は冬の安全ドライブに欠かせないタイヤの話しをしようではないか。

"まず始めに、世界の非常識、日本の常識の具体例を挙げてみよう。冬の関越自動車道に乗ると不可思議なことに気がつく。東京から100kmくらい北に向かって走ると高崎ジャンクションで分岐路がでている。ルートを右に取り、一路湯沢方面に向かうと日本で一番長い関越トンネルがでてくる。このトンネルは冬でも道路整備が行き届き、夏タイヤでも走れるわけだ。入り口と出口付近はロードヒーターが配備され、路面の凍結を防いでいる。こうした完備された道路整備はスタッドレスタイヤ(ウインタータイヤ)を履くユーザーにはありがたい。しかし現実は夏タイヤでスキー場に行くドライバーも少なくないようだ。

しかしここに大きな問題がある。例えば、雪が降ると高速道路は「チェーン規制」が発令される。21世紀の時代に「タイヤに金属のチェーンを巻いて走れ!」と強制するルールがおかしい。北海道や長野県など、雪国の人達は常識的にスタッドレスタイヤを履いているから、チェーン規制がでても驚かないが、この言葉を真っ正直に受け取るユーザーも少なくない。「チェーン規制」は「雪に適したタイヤを装備してないと危険なので走れません」という意味だが、現実には金属チェーンを履けば走れると誤解する人がいるわけだ。こうした誤解は普段は雪が降らない都市部の人達に多い。

東日本高速道路のおかしなお願い!

民営化した道路公団の一つである東日本高速道路はある調査を行った。それぞれのインターチェンジで夏タイヤの装着率を調べると、都心から夏タイヤでスキー場に行くユーザーの数は10%もいるそうだ。天気予報を聞いて夏タイヤでも行けると判断したのかどうか分からないが、実際はチェーンを持っていれば問題ないと安易に考えているのかもしれない。運悪く高速道路に雪が積もるとチェーン規制がでるが、北国の高速道路ではチェーン装着場所が用意される。ここでタイヤにチェーンを巻くわけだ。しかし、先に述べたような最新設備のトンネルを通過するとどうなるのだろうか。

雪があるからチェーンで走っても道路を痛めつけることがないが、路面に雪がないとかえって走りにくい。金属チェーンとコンクリートがぶつかる音は大きく、外から見ると火花が見える。ドライバーは雪道以上に速度を低下させてしまう。これでは渋滞の原因となってしまう。最終的には金属チェーンは切れてしまうことも珍しくない。切れたチェーンが後続車のウインドウを割ってしまったり、驚いてトンネル内で立ち往生してしまうクルマもある。こうしてチェーンが原因で事故や渋滞が発生するわけだ。

そこで東日本高速道路ではこんな工夫をしている。同高速道路上り車線、関越トンネルの手前にある谷川岳サービスエリアでは「チェーンを外すよう」とお願いしている。雪が降っていてもこのトンネルは夏タイヤで走れる。せっかく巻いたチェーンをいったん外し、トンネルを走る。出口では土樽(ツチタル)サービスエリアでチェーンを再び装着するわけだ。

「高速の入り口でチェーンをつけさせ、トンネルの手前でチェーンを外してもらうお願いをする」という理不尽な状況に陥るわけだ。結局、チェーンを巻いたり外したり、なんと不便なドライブを強いることになるのか。本来ならスキー場に行くクルマはスタッドレスを履くべきなのだ。問題は夏タイヤでもチェーンがあれば平気という安易な認識が問題だ。ドイツではこの時期ほとんどのクルマはウインタータイヤを履いている。

ということでスキー場に行く機会が多いユーザーは是非スタッドレスタイヤを履きたい。そこでNEXCO東日本高速道路では谷川岳SAでスタッドレスタイヤの簡単な体験試乗会を開催している。夏タイヤで雪道を走る時の危険性を認識するために、「雪道体験イベント」が今年の1月に実施された。

一日講師として参加した私は、夏タイヤで新潟方面に向かうクルマの多さに愕然としたのだ。雪の多い北国にチェーンしか携帯していないクルマが多いのである。チェーンを巻けば平気という安易な気持ちが多くのクルマに迷惑をかけることになる。チェーンはゆっくり走ることしかできない緊急用の脱出装置と認識し、ウインタードライブにはスタッドレスタイヤが欠かせないことを理解して欲しい。

スパイクタイヤの公害問題

ということで日本のウインタードライブは危険がいっぱい。世界でも珍しいほど雪が多く、しかも山岳路が多いからだ。しかも日本の雪道は北欧ほど温度が低くないから、水分を含んだもっとも滑りやすい路面が待ち受けている。そこで日本では歴史的に、スパイクタイヤやチェーンで雪道を走っていたが、70年代に起きた公害問題でスパイクタイヤの製造販売が禁止された。そこで生まれたのが、スタッドレスタイヤだ。

そもそもスタッドレスタイヤとは金属のスパイクピンがないスノータイヤのことを意味している。昔の雪用ラジアルはタイヤの表面に金属のスパイク(びょう)が表面に打ち込まれ、丁度ゴルフのスパイク・シューズのように路面を刻むことでグリップ力を得ていた。このスパイクタイヤは滑りやすいアイスバーンでは極めて効果的であったわけだが、70年代に起きたスパイク公害ですっかりと姿を消した。金属のスパイクをつけたタイヤがコンクリートやアスファルトの路面を削りとっていたことが大きな社会問題を引き起こしたのだ。特に交通量の多い北国の都市部では削られた粉塵が人間や動物の健康を害するという深刻な公害問題となった。死亡した人間や犬の肺から金属片が見つかったケースもあったという。この粉塵が多く発生する国道沿いの住民は、「洗濯物も外に干せない」と嘆いていた。そこで、タイヤメーカーにはスパイクがなくても凍結路を安全に走れるタイヤの開発が求められたのである。

それではスパイクがないタイヤでどのようにアイスバーンでグリップ力を得ることができるのだろうか。実際の雪道は、圧雪もあれば、水分を多く含んだシャーベッド上の雪もある。そして路面温度が下がると、昼間溶けた雪は氷となる。この硬く凍った路面では、雪道とは異なるグリップのメカニズムを持っている。柔らかい雪ではブロックで、路面を剪断(センダン)し、その抵抗力でグリップ力を発揮する。ちょうどオフロードのタイヤと同じ理屈だ。しかし、表面が硬い凍結路ではブロックの剪断力が期待できない。むしろタイヤのブロックに切り掻きを刻み(エッジ効果)、そのエッジの抵抗でグリップ力を得たり、あるいは低温でも柔らかさを保つゴムの粘着力でグリップ力を得ている。

最近はさらに進化し、氷の表面につく水分が摩擦を減らすことが分かってきたので、路面の表面の水分を給水する特殊なゴムも実用化されるようになった。これにより北海道などで発生するミラーバーンと呼ばれるもの凄く滑り易い路面でも安心して使えるようになってきた。

ここでアイスバーンの状態を詳しく考えてみると、同じ氷でも水分を多く含むほど滑りやすい。摩擦係数は0℃近辺が最も滑ると言われている。だからマイナス20℃くらいの極低温では返って摩擦係数は高まるので、タイヤのグリップも良くなる傾向にある。北欧は、日本よりも低温なので滑りにくい。

しかしスタッドレスタイヤが普及すると新たなる問題も生まれた。それはスパイクタイヤで走るクルマがいなくなると、路面の氷が磨かれ、さらに水分の多い凍結路が増えるという悪循環を生んだ。まるで鏡のごとく光り輝き、見るからに滑りやすい路面をミラーバーンと呼ぶようになった。このような路面では摩擦係数は0.1くらいまで低下し、通常の圧雪の半分以下の摩擦係数だ。時速40キロの停止距離が100m以上に伸びてしまう。

これを受けて北海道の都市部では交差点のミラーバーンを防止する意味で路面が凍結しないように路面にヒーターを組み込んだり、凍結防止剤を散布したりして対応している。最新のスタッドレスはもともとのコンセプトであったアイスバーン性能は相当に進化してきているが、実際の雪道では使いにくい部分も存在する。例えば、あまりにもゴムが柔らかいために、摩耗や経年変化で耐久性が劣ることも大きな課題だ。地元で生活する人にとってスタッドレスタイヤは生活の必需品。毎年新品のタイヤを履き替えると家計への負担は大きい。もう一つの問題はブロックパターンの目が細かいために、排水性が悪く、雨の高速性能が危ぶまれている。従ってこれからはアイスバーンに特化したタイヤ、あるいはオールラウンドなスタッドレスタイヤの開発が期待されている。どんなスタッドレスタイヤを選べば良いのかユーザーに賢さが要求されている。

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